SONY RX1R III、約66万円のフルサイズコンデジ。——欲しい。買わない

渋谷のスナップ中、路地の壁に積層したステッカーを Hasselblad X2D 100C で撮った一枚だ。——高額な固定系・限定系のカメラを所有し、手放したり、欲しいのに我慢したりするということを、わたくしは何度も繰り返してきた。この記事は、そうした経験を踏まえて、SONY RX1R III に対して「欲しいけれど買わない」と書く記事になる。
2025年8月、ソニーは約10年ぶりにあのシリーズを帰還させた。
Cyber-shot DSC-RX1RM3。——前モデル RX1R II(2016年2月発売)から、実に9年半の沈黙を破って現れた、フルサイズ固定レンズコンデジの最新作だ。
市場推定価格は税込660,000円前後。「コンデジ」という単語と、この値札は、もう釣り合わない。——それでもソニーはこのカメラを「Cyber-shot」と呼び続けている。この頑固さが、わたくしには愛おしい。
SONY Cyber-shot DSC-RX1RM3(カメラのキタムラ)。
先に白状しておく。——わたくしはこのカメラを、欲しい。だが、買わない。
その理由を、最後まで読んで確かめていただきたい。
RX1R IIIと、前モデル/ライカQ3 43の並び
まず公式スペックで、三台を並べる。
| 項目 | RX1R III | RX1R II(2016) | Leica Q3 43 |
|---|---|---|---|
| 発売 | 2025年8月8日 | 2016年2月 | 2024年11月 |
| センサー | フルサイズ 有効約6,100万画素 Exmor R CMOS | フルサイズ 約4,240万画素 | フルサイズ 約6,030万画素 |
| 画像処理 | BIONZ XR + AIプロセッシングユニット | BIONZ X | Leica Maestro |
| レンズ | ZEISS Sonnar T* 35mm f/2(固定) | ZEISS Sonnar T* 35mm f/2(固定) | APO-Summicron 43mm f/2(固定) |
| EVF | 0.39型 約236万ドット OLED | 0.39型 約236万ドット OLED(ポップアップ) | 0.5型 約576万ドット OLED |
| 背面モニター | 3.0型 約236万ドット タッチ | 3.0型 チルト式 | 3.0型 チルト式 |
| 動画 | 4K 30p | 4K 30p | 8K 30p |
| 重量 | 約498g | 約507g | 約772g |
| サイズ | 113.3×67.9×87.5mm | 113.3×65.4×72.0mm | 130×80×97.6mm |
| 価格(税込) | 市場推定 約¥660,000 | 当時 約¥450,000 | 約¥1,100,000 |
※価格・仕様は2026年4月時点のソニー公式サイト(sony.jp/cyber-shot)およびLeica Japan公式ストアの情報に基づく。
RX1R IIIはRX1R IIの正統進化だ。レンズは据え置き、センサーは4,240万→6,100万画素、エンジンはBIONZ X→BIONZ XR+AIプロセッシングユニット。光学系を守り、演算性能だけを10年分進めた——この判断が、わたくしには潔く見える。
「コンデジ」と言いながら、でかすぎる現実
ここから本題に入る。
498g。
これがRX1R IIIの重量だ。iPhone 17 Pro Max(約233g)の2倍強。RICOH GR IV(約262g)の倍近く。Sigma BF(約388g)より重い。
サイズも113×68×88mmと、厚みが88mmある。ポケットには入らない。入るポケットがあるとすれば、ダウンジャケットの内ポケットくらいだ。——コンデジの定義から、これは完全に逸脱している。
それでもソニーは「Cyber-shot」と呼び続ける。レンズを外せないから、コンデジ。——この定義論は、正直、もう成立していない。ライカQ3 43(772g)もそうだが、フルサイズ固定レンズ機は、コンデジではなく「固定レンズカメラ」という独自ジャンルとして見た方が正確だ。
498gは、α7C II(514g、ボディのみ)とほぼ同じ。α7C IIにSonnar 35mm f/2.8を付ければ、670g程度。つまりRX1R IIIは、α7C II+35mm単焦点より軽いフルサイズ機として成立している——ただし、レンズが交換できない代わりに。
これはコンデジではない。「レンズを外せないフルサイズカメラ」だ。
レンズを変えられない潔さ
ここが、このカメラの魂だ。
RX1R IIIには、レンズ交換という選択肢が存在しない。ZEISS Sonnar T* 35mm f/2が、ボディに固定され、ファームウェアもレンズに合わせて最適化されている。
この「不自由」が、わたくしには羨ましい。
交換レンズを持てるカメラは、撮影のたびに迷う。50mmか35mmか。f/1.4かf/2.8か。単焦点かズームか。——その迷いが、シャッターを切る瞬間の集中を、わずかに削る。
固定レンズ機は、迷う余地を最初から奪う。「35mm f/2でしか撮れない」という制約が、撮影者を画角の問いから解放する。——残るのは、何を撮るか、いつ切るか、だけだ。
RICOH GR IV(28mm)、Sigma BF(交換式だが潔いUI)、iPhone Air(単眼)、Leica Q3 43(43mm)——Zen Gadgetがこれまで扱ってきた単焦点機すべてに通じる思想が、RX1R IIIにもある。
違うのは、35mmという焦点距離だ。
35mmという焦点距離の唯一性
ライカQ3は28mm。Q3 43は43mm。RICOH GR IVは28mm。——そして、RX1R IIIは35mm。
この数字は、偶然ではない。
35mmはスナップの王道画角だ。ブレッソンの後期、森山大道、荒木経惟——いずれも35mmを主戦場にした時期がある。28mmほど広がりすぎず、50mmほど切り取りすぎない。人間が「目の前のものを意識して見る」ときの画角に、もっとも近いとされる距離だ。
フルサイズ固定レンズコンデジの市場を、画角で並べてみる。
- 28mm: RICOH GR IV(APS-Cだが事実上28mm)、Leica Q3
- 35mm: SONY RX1R III
- 43mm: Leica Q3 43
- 50mm〜: 存在しない(固定レンズのフルサイズ機には)
35mmというド真ん中を、ソニーだけが埋めている。この一点で、RX1R IIIはライカQ3シリーズと直接競合しない。——Q3(28mm)を広すぎると感じ、Q3 43(43mm)を狭すぎると感じた人間のための、唯一の選択肢として立っている。
わたくしは過去にLeica Q2を所有していた。28mm f/1.7のSummilux。旅先のスナップで神だった。——だが、家族を撮るには、28mmは広すぎた。背景が入りすぎる。娘の顔だけを切り取りたいのに、部屋全部が映る。
「もう少し寄った画角があれば」——Q2を手放す直前、わたくしはそう思っていた。35mmのフルサイズ固定レンズ機があれば、あのときわたくしはQ2を売らなかったかもしれない。RX1R IIIは、そのわたくしの後悔を、9年越しに埋めてくる。
一人旅には最高、家族撮影には邪魔
Leica Q2を持っていた2年間で、わたくしが学んだことが一つある。
フルサイズ固定レンズ機は、一人のときに最強の道具になる。——そして家族と一緒のときは、ほぼ邪魔だ。
一人旅。早朝の街、誰もいない路地、光が差し込む窓際、市場の喧騒。——Q2を首から下げて歩くだけで、世界が撮る対象として立ち上がってくる。498gの重さは、一人で背負うなら、苦にならない。むしろ首にかかる重みが、「今日は撮る日だ」という集中のスイッチになる。
一人旅のQ2は、旅の相棒ではなく、旅そのものを変えてしまう道具だった。
だが、家族と一緒のときは違う。
2歳半の娘を抱きながら、498gの金属塊を首にかける。——抱っこのたびにレンズが娘の頭に当たる。ベビーカーを押すときは邪魔になる。公園で走り回る娘を追うのに、ファインダーを覗く暇はない。家族の時間を、カメラが削る。
結果、iPhoneで撮る回数が圧倒的に増える。RX1R IIIを持っていっても、実際に使う機会は一人のときだけ。ならばQ2と同じように、宝の持ち腐れになる。——わたくしはQ2でこれを経験した。
家族を持っている人間にとって、フルサイズ固定レンズ機は、撮影のための時間を別途確保できる人にしか、本当の意味で機能しない。
適当でも作品になる、という撮影体験
これも、Q2を持っていた人間として正直に書く。
Q2で撮った写真は、適当に撮っても、なぜか作品になる。ピントが少し甘くても、構図が雑でも、フルサイズ28mm f/1.7という光学系が、勝手に空気感を作ってくれる。——RAWで撮って、Lightroomで少し整えるだけで、「撮れた」と思える一枚になる。
RX1R IIIも、同じことが起きるはずだ。
6,100万画素のフルサイズ、ZEISS Sonnar T 35mm f/2、BIONZ XR+AIプロセッシングユニット。——光学と演算の合計値が、撮影者の腕前を底上げしてくれる*設計だ。
スマホの「AIがきれいに撮る」とは逆方向の底上げ方。スマホは演算でHDRや肌補正を乗せて「記憶色」を作る。RX1R IIIは、光学の素性で「現実の空気」をそのまま残す。——後から見返したときに、記憶より美しいのはスマホ、記憶そのままなのが単焦点フルサイズ機。
わたくしは後者の写真が、5年後10年後に見返して意味を持つと信じている。
Leica Q・Hasselblad X2D を触ってきた人間として、RX1R IIIに期待しない摩擦
わたくしは過去にLeica Q2、現在はLeica M11・Hasselblad X2D 100Cを所有している。高額固定系・中判プレミアム機の実運用での摩擦を知っているから、RX1R IIIにも同じ種類の摩擦が必ず発生する、と予測している。
バッテリー持ちは絶対に短い
Leica Q系のバッテリーはフル充電で約350枚、X2D 100Cは約420枚。RX1R IIIも高画素フルサイズ+EVF駆動なので、実用では1日持たないはずだ。メーカー公称値はCIPA基準で楽観的だが、スナップ実走では6割前後。予備バッテリー2個は必須だと、わたくしは経験から断言する。これは¥660,000に加算される地味なコストだ。
Cyber-shot系の熱停止
RX1系統は過去モデルでも動画撮影時の熱停止報告がある。RX1R IIIは35mm固定・動画6K記録対応だが、小型ボディ+放熱面積の物理的制約は変わらない。夏場の屋外長回しは「30分で止まる」と思っておいたほうがいい。
SONY Creators' Appの安定度
ライカFOTOSよりマシとはいえ、SONY Creators' Appも接続不安定・アプリ再起動頻発の傾向はある。「撮って即SNS」を主目的にするなら、スマホのほうが満足度が高い。——これは¥660,000の機材を持ち出した人間が味わう、小さな敗北感だ。
これらの摩擦を承知の上で、「それでもZEISS Sonnar 35mm f/2で撮りたい」と思える人だけが、このカメラを買う資格がある。
わたくしの判定
一人旅が趣味、スナップが本気、他にメイン機材を持っている人 → 買う
一人旅の時間が年に何回か確保できて、それ以外の時間もスナップのために街を歩ける人。——そしてα7系やFX3などのメイン機材を既に持っていて、RX1R IIIを「軽装備で世界に出る日のための2台目」として迎えられる人。この層には、66万円の価値がある。
Leica Q3 43(¥110万)と比べれば、44万円安い。同格ではないが、フルサイズ固定レンズ機として、35mmという唯一の画角を選べるのはRX1R IIIだけだ。
条件: 一人旅が趣味、スナップが本気で、α7系やFX3などのメイン機材を既に持っている人。
理由: フルサイズ固定レンズ機で唯一の35mm画角。Leica Q3 43(¥110万)より44万円安い「軽装備で世界に出る日のための2台目」として成立する。
家族撮影が主用途、既存のカメラで困っていない人 → 買うな
子育て中、週末は家族で過ごす時間が中心の人。——この道具は、あなたの生活と噛み合わない。498gは家族撮影には重すぎるし、ポケットに入らないサイズは日常使いに不向きだ。iPhoneのメインカメラ+RICOH GR IVくらいの組み合わせの方が、家族の記録は厚くなる。
66万円は、家族旅行3回分、あるいは娘の教育資金の頭金にもなる金額だ。——家族がいる人間にとって、この道具は優先順位が低い。わたくし自身が、そう判断した。
条件: 家族撮影が主用途で、週末は家族で過ごす時間が中心の人。既存のカメラで困っていない人。
理由: 498gは家族撮影には重く、ポケットに入らないサイズは日常使いに不向き。iPhone + RICOH GR IV のほうが家族の記録は厚くなる。66万円は家族旅行3回分・娘の教育資金頭金にもなる金額。
SONY Cyber-shot DSC-RX1RM3(カメラのキタムラ)。
「欲しい」だけの人 → 待つ(憧れるだけで十分)
ここに、わたくしは自分を置く。
RX1R IIIは、欲しい。35mmという画角の唯一性、Q2で経験した「適当でも作品になる」撮影体験、レンズを変えられない潔さ——このすべてが、わたくしの心に刺さる。
だが、買わない。
娘が2歳半の今、家族と過ごす時間にRX1R IIIを持ち込む余地はない。一人旅の予定も当面ない。買ったところで、防湿庫で眠る期間が長いだろう。——それはこの道具に対して、失礼だ。
欲しい。買わない。憧れるだけでいい。
これは敗北宣言ではない。——買わないという選択を、堂々と「答え」として持てるのが、大人のガジェット論だと、わたくしは思う。
カタログを眺めて、価格を見て、「いつか」と呟いて閉じる。——その「いつか」が来るかどうかは、わからない。来ないかもしれない。それでも、心に一台、憧れのカメラを持っておくという体験そのものに、価値がある。
娘が10歳になって、一人旅に出られる時間が戻ってきた頃——そのとき、RX1R IIIはもうRX1R IVになっているかもしれない。あるいは、中古で手頃な価格で転がっているかもしれない。——そのときに、わたくしはもう一度、この選択肢を眺める。
今は、憧れるだけでいい。
条件: 「欲しい」が強いが、家族・育児・旅行スケジュールの都合で実用機会が当面薄い人。
理由: 防湿庫で眠らせるのは道具に対して失礼。RX1R IV の登場、中古相場の落ち着き、自分の時間が戻る数年後に判断し直すほうが、買い物の質が上がる。心に一台、憧れのカメラを置いておく価値はある。
SONY Cyber-shot DSC-RX1RM3(カメラのキタムラ)。
注記
- SONY Cyber-shot DSC-RX1RM3の価格・スペック・発売日は2026年4月時点のソニー公式サイト(sony.jp/cyber-shot/products/DSC-RX1RM3/)の情報に基づく。
- 市場推定価格は税込660,000円前後(2025年7月16日ソニー発表時点)、発売日は2025年8月8日。実売価格は販売店・時期により変動する。
- Leica Q3 43の価格・仕様はLeica Japan公式ストア(store.leica-camera.jp)の情報に基づく。
- RX1R II(2016年2月発売)の仕様は発売当時の公式スペック情報に基づく。
- 本記事は噂・リーク情報を含まず、後継機・派生機への言及もしない。
- 本記事はローンでの購入を推奨するものではない。66万円は決して小さな買い物ではない。実際の購入時は自身の経済状況を冷静に判断してほしい。
