Leica Q3 43は、43mmという「第二の標準」に¥110万を払う道具だ。

近所の公園のサルスベリを、Leica Q2で撮った一枚だ。開放f/1.7、28mm、8月の昼過ぎ。Q2はわたくしが過去に所有し、手放し、今も手の記憶に残っている機材だ。——この記事は、そのQ2の記憶を携えたまま、Q3 43(43mm)という派生機を考える記事になる。
2024年11月、ライカは奇妙な派生機を出した。
Leica Q3の兄弟として、焦点距離だけが違う一台。ボディはQ3とほぼ同じ。センサーも同じ6030万画素フルサイズ。手ブレ補正も同じ。——変わったのは、レンズだけだ。
28mm f/1.7 Summilux から、43mm f/2 APO-Summicronへ。
この数字の差に、ライカは¥110万という値札をつけた。本家Q3(¥113万)とほぼ同額。つまりライカは、「28mmか43mmか」を、値段ではなく画角の問いとして市場に差し出した。
——わたくしはこの問いを、真面目に受け取ってみたい。
Q3と、Q3 43の差分
まず公式スペックで、2台を並べる。
| 項目 | Leica Q3 | Leica Q3 43 |
|---|---|---|
| 発売 | 2023年5月 | 2024年11月 |
| センサー | フルサイズ 約6,030万画素 BSI CMOS | 同左 |
| レンズ | Summilux 28mm f/1.7 ASPH. | APO-Summicron 43mm f/2 ASPH. |
| 最短撮影距離 | 0.17m(マクロモード) | 0.27m(マクロモード) |
| 手ブレ補正 | レンズ内光学式 | レンズ内光学式 |
| EVF | 0.5型 約576万ドット OLED | 同左 |
| 背面モニター | 3.0型 約184万ドット チルト式 | 同左 |
| 動画 | 8K 30p / 4K 60p | 同左 |
| 重量 | 約743g | 約772g |
| 日本公式価格 | ¥1,133,000 | ¥1,100,000 |
※Leica Q3は2026年1月20日に値上げが実施されている。現在価格はLeica Japan公式ストアで最新情報を確認してほしい。
変わっているのはレンズと、それに伴う最短撮影距離と重量。それ以外は、ほぼ同一機だ。
言い換えれば、ライカは「Q3というボディの完成度」は崩さず、レンズだけを別世界に差し替えた。値札の大半はセンサーでもボディでもなく、43mmのAPO-Summicronというレンズに乗っている、ということだ。
43mmという「第二の標準」
焦点距離の話を、少し丁寧に書く。
写真の世界で「標準レンズ」と呼ばれるのは、長らく50mmだった。ブレッソンが愛した画角。人間が意識を集中させたときに見ている範囲に近いとされる。ライカM型の看板レンズも、Summicron 50mm f/2だ。
だが実は、35mm判フィルムの対角線長は約43mmだ。理屈の上では、43mmこそが「対角画角が視野に素直な」画角——つまり真の標準だとする考え方がある。
50mmは「切り取る標準」。28mmは「受け止める標準」。その中間に、43mmという第三の立ち位置がある。切り取りすぎず、広げすぎず。目の前の空気を、やや絞って差し出す画角だ。
ライカはこの43mmを、過去に何度か世に出してきた。フィルム時代のミノルタCLE用Rokkor 40mm、ライカ自身のSummicron-C 40mm。——いずれも熱狂的な支持者を生みながら、主流にはならなかった画角だ。
その43mmが、フルサイズ6030万画素・最新光学設計のAPO-Summicronとして、Q3のボディに載った。
これはライカ史の一つの事件だ。
APO-Summicron 43mm f/2という光学的贅沢
¥110万の内訳を、わたくしはレンズに見る。
APO-Summicronという名前が示すのは、アポクロマート設計——色収差(赤・青・緑の光が焦点を結ぶ位置のズレ)を極限まで補正した設計だ。ライカのMマウントでは、APO-Summicron 50mm f/2 ASPH.が「現代レンズの一つの頂点」と評される。
そのAPO-Summicronが、43mmという画角で、Q3のボディに固定された。
公式仕様を引けば、レンズ構成は8群11枚。非球面レンズを複数枚、異常部分分散ガラスを複数枚。絞り開放f/2から、ほぼ最大解像力が出る設計——これはMマウントのAPO-Summicron譲りの思想だ。
6030万画素のフルサイズセンサーは、レンズの粗を容赦なく拾う。Q3 43の設計は、その6030万画素に真正面から応えるために組まれている。
もう一つ、見落とされがちな点。最短撮影距離0.27m。これはマクロ領域に踏み込んだ距離で、43mmで0.27mまで寄れる固定レンズ機は、他にほとんど存在しない。テーブルの上の料理、カフェのカップ、子供の手元——等身大の距離で、寄って撮れる。
Leica Q3(28mm)は0.17mまで寄れる。だが28mmで0.17mまで寄ると、画面の端がどうしても歪む。43mmで0.27mという組み合わせは、寄っても自然に見えるという一点で、Q3本家とまったく違う撮影体験を作る。
Q2を所有していた時間に、気づいた摩擦
ここで、わたくしがQ2を所有していた時期の「摩擦」を正直に書く。Q3 43の購入検討者は、同じ摩擦を引き受ける覚悟が必要になるからだ。
まず充電。Qシリーズ(Q2・Q3・Q3 43)はすべてバッテリー1個しか入らない。純正BP-SCL4は満充電で約350枚。街を1日歩くとギリギリで、夏のバッテリー消耗が早い日は午後3時に切れた。わたくしは予備を2個持ち歩いていた。Zen Gadgetの編集方針で言えば、「予備バッテリー2個込みの購入価格」でライカQは考えるべきだ。
次にストラップの純正問題。付属の純正ストラップは革の硬さが強く、首の後ろが擦れる。わたくしは半年で別のストラップに交換した。¥110万の機材に¥8,000のストラップを足す、という地味な追加コストがある。
三つ目にLeica FOTOS(転送アプリ)の挙動。Q2時代、このアプリはBluetooth接続で画像プレビューを出すまでに平均15〜20秒かかった。Q3世代で改善されたと公式は説明しているが、ライカ公式フォーラムや各国レビューを見る限り、接続の不安定さはQ3シリーズでも残る個体差がある。撮った直後に即スマホ転送してSNSに上げたい人は、この摩擦を織り込む必要がある。
これらは所有した人間にしか書けない不満だ。スペック表やメーカーのマーケティング資料からは絶対に出てこない。¥110万の買い物の前に、この種の摩擦を引き受けられるかどうかを考えてほしい。
¥110万を払う意味——道具としての所有論
ここからが本題だ。
¥110万のカメラは、スペックで買う道具ではない。——わたくしはそう書く。
6030万画素のフルサイズは、Sony α7R Vにもある(約¥450,000)。明るい単焦点レンズは、他社にも無数にある。「撮れる写真のクオリティ」だけで比較すれば、¥110万は絶対に正当化できない金額だ。
にもかかわらずLeica Qシリーズが売れ続けているのは、この道具が「画質」ではなく「所有」を売っているからだ。
YouTubeのドリキン氏は、backspace.fmの「五撮 vol.2」回で、ライカ機材への投資総額を語っている。M型、Qシリーズ、レンズ群——1人の個人が、カメラ1ブランドにこれだけ投じるという事実が、ライカという道具の性格を物語る。あれは趣味の出費ではない。生き方の一部として、ライカを選んでいる。
わたくし自身、かつてLeica M(型)とLeica Q2を所有していた。Mもいずれ手放した。Q2も手放した。しかし手放した今も、M型のシャッター音、レンズの金属リングの感触、Q2のあの28mmの空抜けの色——それらは手と目の記憶に残っている。——道具が、人間の記憶の一部になる、という経験だ。
iPhoneでは、この感覚は生まれない。2年で買い替わる端末は、記憶の器にはならない。ライカは、10年、20年、その手に残る前提で作られている。
¥110万の内訳は、センサーとレンズだけではない。その道具を10年使い続ける前提で払う金額だ。年割で¥11万、月割で約¥9,000。——そう割り算できる人にだけ、この価格は意味を持つ。
28mmではなく、43mmが刺さる人
Q3(28mm)とQ3 43(43mm)。——どちらを選ぶか。
ライカはこの選択を、市場に委ねた。価格ではなく、画角で選ばせている。だから、自分がどちら側の人間かを、買う前に見極める必要がある。
28mmが刺さる人:
- 街を歩きながら、視界に入ってきた風景をそのまま受け止めたい
- 旅先の空気、場所の空気を、広めに残したい
- 人と風景を一緒に入れたい
- RICOH GR IVやiPhone Airの単眼カメラに共感する人——視野に素直な画角が合う
43mmが刺さる人:
- 目の前の一人、一つの被写体を、少し絞って切り取りたい
- ポートレート、食卓、物撮りの比重が高い
- 28mmの「広すぎる」感覚に疲れた経験がある
- 50mmは狭すぎ、35mmは中途半端と感じる層
わたくし個人の感覚では、43mmは「暮らしを撮る画角」だ。街より、家。風景より、食卓。子供の表情、妻の横顔、カフェの光。——その距離感で一番自然に空気が切り取れる。
一方28mmは、「旅を撮る画角」だ。街、建築、景色。自分がそこにいた証拠を残す画角。
どちらが正解か、ではない。自分の撮る対象が、どちらに寄っているかだ。
週末、カメラを首から下げて歩く先——それが街なら28mm、家族の近くなら43mm。——この一行で、分岐は決まる。
レンタルで試す、という選択肢
¥110万の買い物を、店頭で一度触って決める——それは無理だ。
ライカ取扱店(カメラのキタムラ、ライカブティック)で実機を触ることはできる。だが店頭の10分で、「43mmと暮らす感覚」は測れない。
MaprentalやGooPassなどのカメラレンタルサービスで、週末だけ借りる——この選択肢を、わたくしは強く勧める。
2〜3日、手元に置いて、自分が普段撮るものを撮ってみる。家族を撮る。食卓を撮る。散歩に持ち出す。——その3日間で、「43mmが自分の画角か」は、ほぼ答えが出る。
レンタル代は数万円。¥110万の買い物の前払いとして、これ以上安い保険はない。
「迷ったら買う」はZen Gadgetの立場ではない。——迷ったら、まず借りる。買うのは、借りて「これは手元にないと困る」と感じた後だ。
わたくしの判定
「28mmのQ3と迷っている」人 → レンタルで先に試せ
¥110万のカメラを、スペック表と店頭試写だけで決めてはいけない。Q3とQ3 43は、撮影体験がまったく違うカメラだ。MaprentalやGooPassで両方を借りて、3日ずつ手元で撮る。——自分の被写体と合う画角はどちらか、身体で答えを出してから買う。
ライカM型経験者で、EVF付き固定レンズを探している人 → 買う
M11をはじめとするM型を使ってきて、「レンジファインダーのピント合わせに疲れた」「固定レンズでいいから、EVFで楽に撮りたい」——その層にはQ3 43が答えになる。APO-Summicron 43mmの描写は、MマウントのAPO-Summicronに通じる。M型の世界の延長として、自然に手に馴染む。
条件: ライカM型経験者で、EVF付き固定レンズを探している人。
理由: APO-Summicron 43mmの描写はMマウント譲り。M型の延長として手に馴染む。¥110万を10年で割り算できる経済状態にあること。
初めてのライカとして買う人 → 待つ
初めてのライカに¥110万は、入口として重すぎる。ライカの世界に足を入れるなら、まず中古のM10やM11、あるいはLeica Q2の中古から始めた方がいい。Q3 43の価値は、ライカの画の特性を知っている人ほど深く理解できる。——楽しみを飛ばさない順番がある。
条件: 初めてのライカとしてQ3 43を検討している人。
理由: ¥110万は入口として重すぎる。中古M10/M11やQ2中古でライカの画を知ってから戻ってくる方が、Q3 43の価値が深く分かる。
ローンで買おうとしている人 → 買うな
¥110万を5年ローンで分割すると、利息だけで数十万円の追加コストが乗る。ライカは焦って買う道具ではない。一括で払える経済状態になるまで待つ。それがライカとの正しい付き合い方だ。——本記事はローンでの購入を推奨しない。
条件: 5年ローンなど分割払いで買おうとしている人。
理由: 利息で数十万円が上乗せされる。ライカは焦って買う道具ではない。一括で払える状態になるまで待つのが、この道具との正しい付き合い方。
注記
- Leica Q3 43の価格・スペックは2026年4月時点のLeica Camera AG公式サイト(leica-camera.com/ja-JP)およびLeica Japan公式ストア(store.leica-camera.jp)の情報に基づく。
- Leica Q3(28mm版)は2026年1月20日に値上げが実施されている。現在価格は公式ストアで最新情報を確認してほしい。
- 本記事は噂・リーク情報を含まない。後継機・派生機に関する言及は、現時点で公式発表のある範囲に限定している。
- ドリキン氏のライカ機材に関する言及は、backspace.fm「五撮 vol.2」回の公開情報に基づく。
- 本記事はローンでの購入を推奨するものではない。実際の購入時は自身の経済状況を冷静に判断してほしい。
