未来は、買える。

¥599,000を出せば、Appleが「空間コンピューティング」と名付けた新しい計算機のかたちが、今日ヤマトの箱で届く。2025年10月、Apple Vision ProはM5チップに刷新され、visionOS 26を載せ、2026年の春を迎えた。

その上で、わたくしは一つの事実から目を逸らさないことに決めている。

マルケス・ブラウンリー(MKBHD)は、自分のApple Vision Proが「埃をかぶっている」と公言した。

世界で最も影響力のあるガジェットレビュアーが、2024年2月に「これは未来だ」と評価した同じ端末について、1年半後、YouTubeで正直にそう言ったのだ。動画のタイトルは「What's Going on with Apple Vision Pro?」——日本語にすれば、「Apple Vision Proは、いったいどうなっているのか?」。

 

¥599,000の未来は、実際の生活で何時間、頭に乗っているのか。

 


Apple Vision Pro(M5)の公式スペック

2025年10月に刷新された現行モデルを整理する。

項目 M2版(2024年発売) M5版(2025年10月〜)
チップ M2 + R1 M5 + R1
ディスプレイ 片目4K超micro-OLED 同(リフレッシュレート向上)
重量 600〜650g(バンド除く) 同等(Dual Knit Band対応)
visionOS 1.x visionOS 26
日本価格(税込) ¥599,000〜 ¥599,000〜

(出典: apple.com/jp/apple-vision-pro/)

M5への更新で、AI処理とグラフィックスは確実に速くなった。visionOS 26は、ウィジェット、ペルソナの自然さ、FaceTimeの空間共有、Mac仮想ディスプレイの解像度向上など、ソフトウェアとして磨かれている。

¥599,000から。

ただし、これは2024年に発売された端末のチップ更新だ。ハードウェアとしての根本構造は変わっていない。 600g超の重量も、視界を塞ぐゴーグル型フォームファクタも、外部バッテリーの引き回しも、そのままだ。


MKBHDの「埃をかぶる」という一言の重み

MKBHDは、Appleに忖度するタイプのレビュアーではないが、Apple製品を不当に叩くタイプでもない。彼は2024年のVision Pro発売時、「これは本物の未来だ」「今後10年のAppleの方向性を示す端末だ」と率直に評価していた。

その同じ人物が、2025年後半の動画で言ったのは、概ね次の内容だ。

  • 最初の数週間は毎日使った
  • 数ヶ月で使用時間は週に数回に落ちた
  • 1年後、棚の上で埃をかぶっている
  • 「これを使う理由」が日常の中に定着しなかった

これは、製品批判ではない。使用ログとしての正直な報告 だ。世界で最もガジェットを所有し、最も多様な使い方を試せる人間が、¥599,000の最新コンピュータを「日常に組み込めなかった」と告白している。

同じ告白は、SNS上の購入者レビューにも繰り返し現れる。「映画を観るには最高」「でも2時間以上つけていられない」「結局iPadに戻った」「気づいたら先月一度も装着していない」——これらは失敗した買い物の典型パターンだ。

 

Appleは製品を完成させた。問題は、生活の側がその製品を必要としていない。

 


¥599,000で、何が代わりに手に入るか

価格の重みを、別の買い物で翻訳する。¥599,000は、こういう金額だ。

組み合わせA: 仕事と創作の完全セット

  • MacBook Pro 14インチ M5(ベースモデル): ¥248,800
  • iPad Pro 13インチ M5(256GB): ¥218,800
  • Apple Pencil Pro: ¥21,800
  • Magic Keyboard for iPad Pro: ¥54,800

合計 ¥544,200。差額 ¥54,800 が手元に残り、MacBookとiPadという実働機が2台手に入る。毎日使う道具だ。

組み合わせB: VR/空間体験を別経路で確保

  • Meta Quest 3S(128GB): ¥48,400
  • MacBook Air 13インチ M4(256GB): ¥164,800
  • iPhone 17 Pro(256GB): ¥174,800
  • Apple Watch Series 11: ¥64,800
  • 残金: ¥146,200

Meta Quest 3SはVRゲーム・空間動画視聴の大半をカバーする。¥48,400で「空間コンピューティング体験」の入口を押さえながら、メイン機の刷新と残金¥146,200の余白が生まれる。

Meta Quest 3Sはこちら。

組み合わせC: 家族への還元

¥599,000あれば、国内の温泉旅行に家族3人で3〜4回行ける。コーヒーマシンの最上位機と豆の年間サブスクがつく。デスクチェア(Herman Miller Sayl)と外部ディスプレイと昇降デスクを一式揃え、残金で書籍を数十冊買える。

¥599,000は、使い方次第で人生の複数箇所を底上げできる金額だ。 一つのゴーグルに集約するのは、よほどの確信がなければ割に合わない。


空間コンピューティングが本当に必要な、狭い層

公平に書く。Apple Vision Proが代替不能な道具になる人は、確かに存在する。

  • 3D CAD・建築ビジュアライゼーションの実務者: 原寸大のモデルを空間に置いて検証する用途。これは2Dディスプレイでは代替できない。
  • 医療・手術シミュレーション関係者: 人体モデルの空間観察。
  • 長距離フライトの多い出張者: 機内で仮想の大画面作業環境を持つ価値がある。ただし重量600gを頭に数時間乗せ続ける前提が必要だ。
  • visionOS向けアプリ開発者: 仕事道具として必須。
  • 映画・空間動画のヘビー視聴者: これはMKBHDも認めた用途だ。ただし「週に何回、2時間連続で装着するか」を冷静に数えよ。

上記のいずれにも該当しない人にとって、Apple Vision Proは「あったら面白い」の領域にとどまる。「あったら面白い」は、¥599,000を正当化しない。

日本でのコンテンツ事情も正直に記しておく。visionOS 26の日本語対応は進んでいるが、日本発の空間アプリ・空間動画コンテンツの層は、依然として薄い。英語圏のコンテンツ中心になる。これは発売から1年半経っても、ほとんど動いていない事実だ。


ネガティブレビューへの答え

「新しい計算機のかたちに投資することは、長期的に意味がある」という意見がある。Appleが10年単位で育てるプラットフォームの初期に参加する価値がある、と。

理屈としては理解する。Apple Watchの初代を買った人間は、Watchが健康デバイスに進化する過程を見届けた。Vision Proも同じ道を歩むかもしれない。

ただし、Apple Watch初代の価格は¥42,800だった。¥599,000ではない。プラットフォームへの先行投資としても、Vision Proの金額は桁が違う。

そして、初代AirPodsもApple TVも、生活に定着した。初代Vision Proは、MKBHDの棚の上で埃をかぶっている。同じ「Apple新カテゴリ製品」でも、定着するものと、しないものがある。現時点のVision Proは、後者の兆候を出している。

 

未来を買うのと、未来を生きるのは、違う。

 


わたくしの判定

3D実務・開発・特殊用途で明確な使用シーンがある人 → 買う

建築ビジュアライゼーション、医療シミュレーション、visionOS開発、原寸大3Dモデル検証——こうした用途で週に10時間以上使う前提がある人にとって、Apple Vision Pro(M5)は代替不能の道具だ。M5チップへの更新でパフォーマンスは実用レベルに達している。その層には、¥599,000は妥当な投資だ。迷わず買え。

¥599,000から。

「未来を体験してみたい」「ガジェット好きとして触っておきたい」人 → 買うな

MKBHDが2年使って到達した結論を、そのまま受け取れ。世界で最もガジェットを使い倒せる人間の棚の上で埃をかぶっている端末が、あなたの机で違う運命をたどる確率は低い。¥599,000は、MacBook Pro M5とiPad Pro M5を両方買ってなおお釣りが来る金額だ。日常で毎日使う2台を新調する方が、生活は確実に良くなる。

空間動画・VR体験を低コストで試したい人 → 待つ(または代替を選べ)

Meta Quest 3S(¥48,400)で空間動画・VRアプリの大半は体験できる。Appleのエコシステム統合が必要ない用途なら、12分の1の金額で入口を押さえられる。Apple Vision Proの第2世代(軽量化・低価格化が予想されるモデル)が出るまで、Vision Pro本体の購入は待てばいい。プラットフォームの先行参加料として¥599,000は高すぎる。


本記事の価格・スペックは2026年4月時点のApple公式情報(apple.com/jp/apple-vision-pro/)および公開されているMKBHD YouTubeチャンネルのレビュー動画に基づきます。visionOS 26の機能は随時アップデートされます。

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